キ・リ・ン
「この絵(キリンビールのラベル)のなかに、ちっちゃい字でキリンて書いたあるんやけど、どこかわかるか?」
小学二年生の私に父が問いかけました。場所は大阪から紀伊田辺に向かう汽車の中。ある用事で父と京都に出かけた帰り道でのこと。列車の中で退屈し、時をもてあます私に、他にかける言葉も無かったのだろう。 でも、けっして明るいとはいえない夜の車内で、八歳の私は夢中になってそのビールのラベルに目を凝らし、「キ」と「ン」の二文字を見つけました。ただのこりの「り」の文字はよく似たようなのが二つあって、どっちが正解なのか分かりませんでした。
晩酌で開けたキリン缶をぼんやり眺めているうちに、先の思い出が湧きあがってきました。老眼鏡に世話になっている今となっては、もちろん裸眼で視るのは無理なので、虫眼鏡まで持ち出してきて、ひととき童心に帰って目を細める私。また「キ」と「ン」はすぐに確認できたのですが、やはり「リ」はたぶんこれがそうだろうと見当はつくものの、もう一方の「リ」に惑わされて、どっちが正解なのか判らずじまいです。「お父ちゃん、やっぱりわからんわ。」四十年前の車中に戻って、今は亡き父に答える私。
時間の速度は年々増すようになり、「九月もあっという間やったなあ。」とつぶやく夜なのでした。
※写真はご存知、キリンラガー缶。僕は昔の熱処理したほうの味が好きだな。